過去の活動
			2006年04月07日(金)
				「SJ2001」号 継続車検取得
			
				4WD電気自動車冒険チーム「ZEVEX」で最初に制作した4WD-EV1号機「SJ2001」号の継続車検を取得した。
				20世紀ギリギリの2000年12月に電気自動車としての改造車検を取得し、2002年に1回目の車検、本来なら2004年12月に2回目の車検となるハズだったが、2004年12月といえば間宮海峡アタックの2ヶ月前、「東京オートサロン2005」の前の月...ってことで、皆、目を血走らせながら2号機「ARK-1」号の仕上げに掛かりっきりだったので1年と4ヶ月程車検が切れたまま"おっぽらかって"いたのだ。
				もちろん根性はあるが金は無いZEVEX。
				ディーラーに任せるつもりも予算も無いし、引き受けてくれるディーラーも無いだろう。(笑)
				...というわけで、今回も当然のようにユーザー車検。
				更にはローダー代もケチって、仮ナンバーを付けて自走で検査場を目指す。
				この戦略の場合、往路は良いが問題は復路だ。
				途中どこかでコンセントを借りて充電しても良いのだが、それも手間だし時間がかかる。
				そこで今回はレンジエキステンダーを荷台に搭載することにした。
				「レンジエキステンダー」...古手のEVマニアなら知っているが、要はピュアEVに発電機を搭載して航続距離を延長するシステム。
				最近はPHEV「プラグイン・ハイブリッド」車などと呼ぶらしい。
				これで復路も安心だ。
				...と、初めは軽く考えていたのだが、世の中そんなに甘くない。
				登り坂に差し掛かるたび充電器のヒューズが飛びまくる。
				まあリセットすれば復帰するので「大丈夫だろう」とタカを括って繰り返しリセットしていたら、とうとう2器の内の1器の充電器の電源が入らなくなってしまった。
				8万円の充電器...何とか修理で直ってくれないと積車を借りた方が安く済んだ結果になる。
				EVに「エイ!ヤー!!」はいけません...というお話。
				
				恐らく世界初の4WDオフローディング(クロカン)専用のPHEVとなった「SJ2001」号PHEV。
				壊れた充電器は、その他の充電器と一緒に、現在基盤の一部を改造してもらう為に「EVメルテック」さんに送っている。
				発電機のインバーターが上質の正弦波を出すタイプだったのでまだ軽症で済んだらしい。
				流石「世界のホンダ」だ!!
				ホームセンターの東南アジア製安売り発電機のインバーターだと、矩形波だったりするので修理不可能だったかも?との話。
				オー怖っ。
				
				車検場に着き、まずはナンバーの変更。
				志し半ばにして事故でこの世を去った冒険チームの仲間、藤堂貴徳君(※)の会員番号47。
				奇しくもこの日は4月7日だった。
				今後「SJ2001」号は藤堂君の"想い"も載せて21世紀のくるま社会を切り開くことになる。
				
				これは予備検査場でのひとコマ。
				バッテリー積載の為、リアの軸重が重くリアブレーキが基準ギリギリであった。
				その他は難無くクリア。
				車検に外装はあまり関係ないらしい。
				
				最新のマルチテスターで受験。
				スピードメーター、ブレーキ、ヘッドライトなどの検査が一気に行える。
				写真には写っていないが、車検場の検査員数名が物珍しそうに集まってきていた。
				
				全ての検査に受かった事を示す電光掲示板。
				懸念されていたブレーキテストもクリアした。
				
				車検場からの帰り道。
				平らな道ならば、なかなか快調にハイブリッド走行をこなす。
				「EVメルテック」さんで対策を施された充電器が帰ってくれば、一度ちゃんとPHEV化して走ってみたいもんだ。
				夢は川崎から茨城の大洗まで自走し北海道行きのフェリーに乗ること...かな?(笑)
				※藤堂貴徳君(Takanori Todo)享年32歳。
				ZEVEXの活動が、まだ4WDアドベンチャー「アイアン・バール・カップ」の一部だった頃、SUV専門誌「OFF ROAD EXPRESS」誌(4X4MAGAZINE)社で、私とコンビを組んでこの「SJ2001」号の製作日記を連載した。
				マガジン社退社後もフリーランスのライター&エディターとして活躍しつつ、ZEVEXでは個人の立場で会員となり活動を共にした。
			
		
		
			
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