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2005年07月19日(火)
ZEVEXロシア 第5次調査



まさにボルト一本無くなっていない状態で完璧に保管されていたARK-1。
結果から考えれば村人に保管を依頼した方法は大正解だった、ということだろう。

[アタック日誌]

さて、日付変更線超えても、3台5名のZEVEX隊は深夜のタイガ森の中を彷徨っていた。
分岐点は結局左の太い道を選んで、カーナビに表示される緯度経度とシルバコンパス・地図をコマメに見て現在位置の把握に努める。
が、カーナビのGPSは衛星を拾えなくて明らかにおかしな進行方向を示している。
ハイテクデバイスが役に立たなくなるとローテクデバイスの何倍も腹立たしいのは何故だろう?
値段の差か?
「東方向」とか出るとバールを画面に突っ込んでやりたくなる。
昼間ならシルバアタックで現在位置を確認することも可能なのかも知れ無いが、この緯度だと西方偏移も大きいので、経験が無いだけに自信は無い。

30分程進むと25mプール程も有る巨大な水溜りに行く手を阻まれた。
ハイラをソロソロと乗り入れてみるが、一瞬でズブズブとタイヤ半分程まで沈み込む。
コッシーが歩いて確認するが、水溜りというよりは沼で、歩くことすらできない。
タイヤの跡も有るには有るが、何となく古そうだ。
「進むか戻るか?」進むにしても、この道が間違いだった場合を考えると1台はこの場に残置しての前進が必須になる。
諸々の可能性を考えて「戻る」という選択肢を選んだ。
GAZがPTOを使ったとしてもシングルラインではシャーピンが持たないだろうし、ダブルラインでは対岸まで届かないだろう...というのが最終的な判断の決め手となった。
4WDオフローダーである自分自身を実感する一瞬だった。

ペースを挙げて来た道を戻るが、今度は分岐が分からない。
途中でY字路を左に入る必要が有ったのだが、どうやら右に来てしまったようだ。
目印にしていた土の山も見落として、タイヤの跡も雨で流れてしまったのか?
徐々にジープの燃料がやばくなって来た。
ポギビまでは後50kmくらいのハズだから、ガス欠しても明るくなってからガスを持って来れば良いとも思うが、日程の問題も有るし、正直、もう一度迷わずにここへ戻って来られるかも不安だった。

再び進路を反対に取り、大雨の中を分岐を探しつつ走る。
幸い10分程で分岐を発見し、始めに悩んだ分岐点まで戻り反対側の道を進む。
既に時刻は深夜2時。
大雨でGAZのタイヤ痕は完全に消されている。
ジープの燃料はいよいよヤバイ。
牽引するにはチェーンを巻く必要が有るが、この大雨の中では避けたい作業だ。
これ以上分岐が無いことを祈りつつ前進を続ける。
暫く進んでプラドに集まって現在位置の確認。
道は南から西に向きを変え始めている。
どうやらこちらの道で正解の様子だ。

更に少し行くと左右の沼から水が溢れて冠水している場所に出くわす。
コッシーが走って確認に向かうが、手前の泥に新しいGAZの轍を発見。
俄然気合が入るが、この沼を先頭のハイラックスは超えられない。
泥が深いので土木作業が必要か?と思ったがダブルラインでトライして何とか通過する。
が、ウインチの準備中泥水に床上浸水されてしまった。
ハイラを通すと轍ができたので、後の2台は難なく通過。
スタックするとジープは椅子上まで浸水したと思われるので何よりだった。

そこから少し進むと徐々に道が広くなり始めポギビが近いことを臭わせる。
「間違い無い」と確信を持てた瞬間、道に板が立ててあってその横にGAZを発見した。
聞けばGAZも30分程前に到着したばかりらしい。
アーもウーも無く全員そのまま車中泊。
私も狭いシングルギャプの中で泥の様に眠った。

9時過ぎに起きて村へ向かう。
幸いEVを預けていた住民は在宅で、ARK-1の元へ案内してもらう。
ARK-1の保存状態を見てビックリ!!冬に預けたそのままの姿で残っている。
村人に感謝!!。
大感激だ。
早速別の場所に置いてあった部品を運んでARK-1に組み付ける。
夕方までには組み上げを完了してトラックに積載。
息つく間も無く翌日の復路に備えて4輪にチェーンを巻く。

夜は米を焚いてクソ高いのを1食分/名だけ買った日本製のレトルトカレーを食べる。
ARK-1を預かってもらったオッちゃんも来て、皆でウォッカで乾杯。
「2〜3日泊まれないのか?」と引きとめられるが「また釣りに来るよ」と言うと「絶対だぞ」とまた乾杯。
疲れで酔いが速い。
でも、「小さな車でよく来たよく来た」と言って褒めてくれるオジちゃんの顔を見ていると、こちらまで嬉しくなる。
久々の心から楽しい酒だった。



[アタック期間中に衛星電話で伝えられた速報]

2005/07/20
昨晩も定時連絡はなかった。
大きなトラブルに巻き込まれていない事を祈る。

留守番隊2名の見解では、「冬のアタックでは、1週間連絡が無かった事もある。今夜も連絡が遅れるようなら、こちらから連絡を取ってみる」「廃道突入から連絡途切れて2日目だが、地元のニコライ氏も同行しているので、さして心配する必要はないであろう。衛星携帯がトラぶったのかもしれない」との事。
しかし、2日連続となるとさすがに心配ではあるが、冬のアタックに参加した者としての私の見解は「単純に作業が多忙なだけであろう」である。 (M)


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