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[アタック日誌] 一旦治まるかに見えたブリザードは夜半から再び勢いを増し、早朝の計測では風速は30m/sを記録した。 ここへ来て、今回の冒険で一番の悪天候に見舞われてしまったようだ。 目を覚ましたメンバーが順番にやって来て、玄関を開けて荒れ狂う間宮海峡を眺めてため息を着いて戻って行く。 皆、海峡横断の最後の1%の可能性が事実上断たれたことをわかっているのだ。 自然の恵みからエネルギーを貰って成立する我々の冒険活動だが、そんな我々にも時として自然は最大の脅威となって眼前に立ちはだかる。 けれども、古来幾多の冒険家達がそんな大自然の摂理を「巡り合わせ」として甘んじて受け入れたように、私達もまた力ずくでの前進は控えよう。 そりに積んだガソリン発電機を廻し、モーターをブン回しながら前進すれば、あるいは容易に対岸に到達できるのかもしれないが、マスコミが喜ぶ「成果」は残せても、一生噛みしめることのできる「思い出」は残らない。 「報道」は一瞬だが「思い出」は一生だ。 私も、そして仲間達も「思い出」を選ぶことに一分の逡巡の隙も無い。 我々は4WDオフローダー、「心意気」で走る「四駆野郎」である。 昼を過ぎて、幸いなことにブリザードは急速に治まって来た。 ブリザードが運んで来た氷の粒が積もって、一部腰まで埋まる積雪状態になったポギビ湾を越えて、丸一晩ブリザードの中に残置した海岸線のARK-1へ全員で向かう。 海峡横断の可能性が無くなり、電力の心配がなくなったので、そりを切り離してリチウムイオンの電力だけで間宮海峡を走ってみる。 「走る...」。 流石に吹き溜まりではスタックするが、裸氷帯では人間が追いつけない速さで文字通り風を切る。 「歩いて海峡を渡った後発隊は3時間で対岸に着いた。もし最後までこの速度なら半分の90分だよなあ〜」と誰かが言った。 「歩くのより遅いスピード領域」「車が人間を運ぶのではなくて人間が車を運ぶ」...「アイアン・バール・カップ」から14年間、凍った間宮海峡には、我々がこだわり続けている世界が有った。 リチウムイオンの電池を温存する為に、頃合を見てそり内のオプティマと切り替える。 けれどもそりの負担は凄まじく、往路を楽々走ったルートで、帰路のARK-1はたちどころに雪に埋まる。 ビザの残り日数を考えれば、この日の内に最後の難関である、小屋へ登る斜面の前まではマシンとそりを持って行きたい。 が、復路は要所でリチウムイオンの電力を使ったのが功を奏したのか、予定よりかなり早く、夕方には小屋前の斜面に取り付いてチルを掛けて登り始めた。 スペアタイヤでは効かないので、ラダーを埋めてアンカーを造り、チルでテンションを出して駆動アシストで一歩一歩登る。 標高差10m、距離30mの斜面を中ほどまで登ってこの日は終了。 知らぬ間に天候もすっかり回復している。 明日の午前中で小屋の敷地内に運び込み、午後は格納の準備だ。 ![]() ![]() 重いそりを切り離し、リチウムイオンの電気で走ればかなり楽に走る。 ...が雪の抵抗が大きいのでリチウムイオンの電気だけで海峡を横断することは不可能だった。 海岸線からは、そりを切り離してリチウムイオンの電気を使ってARK-1だけが間宮海峡上を先行する。 そりは「人力」で押して後を追いかける。 ![]() 吹き溜まりのヒドイ所はこんな感じ。 04年に徒歩横断した時は、この当たりは全面裸氷帯だった。 ![]() ![]() リチウムイオンの電力を使えるので、帰路も要所要所ではARK-1だけを先に進める。 ![]() すっかり天候も回復した中で、一休みするアタック隊員。 左から輿石・森嶋・斉藤。 [アタック期間中に衛星電話で伝えられた速報] 03/03(Thu) 現地からの情報が入り次第更新いたします。 (N) |